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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)238号 判決

アメリカ合衆国

フロリダ州 32954-1537 メリット アイランド ピーオー ボックス 541537

原告

サンホッパー インコーポレーテッド

代表者

ドリーン エル ファイト

訴訟代理人弁理士

柳田征史

佐久間剛

中熊眞由美

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

江藤保子

岡田幸夫

田中弘満

廣田米男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための付加期間を30日とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  特許庁が平成7年審判第23410号事件について平成8年5月17日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年2月10日、発明の名称を「使い捨て塗布具」とする発明について特許出願(昭和61年特許願第27354号)をしたところ、平成7年8月2日に拒絶査定を受けたので、同年10月30日に拒絶査定不服の審判を請求し、同年審判第23410号事件として審理された結果、平成8年5月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年7月1日にその謄本の送達を受けた。

2  本願発明の特許請求の範囲

本願発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の欄の記載は、次のとおりである。

「日焼け用液体が含浸された折畳み可能な多孔質シートもしくはスポンジと、該多孔性シート(「多孔質シート」の誤記と認め、以下「多孔質シート」とする。)もしくはスポンジを密封し、使用時に開封可能な液体不浸透性の材料で形成された外包みとからなることを特徴とする使い捨て塗布具。」

3  審決の理由

審決の理由は、別添審決書の理由の写し記載のとおり、本願発明は、特開昭57-37560号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。

4  審決の取消事由

本願発明の特許請求の範囲及び引用例の記載が審決認定のとおりであることは認める。また、引用例記載の発明の「繊維素材、例えば、紙、織布、不織布、コットン、ガーゼ等に化粧液体を含浸させたもの」が、本願発明の「日焼け用液体が含浸された折畳み可能な多孔質シート」に相当すること、他方、本願発明では、該塗布具を「使い捨て」としている、すなわち、多孔質シートのみならず外包みをも「使い捨て」としているのに対し、引用例記載のものでは、本願発明の「外包み」に相当する「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体」は繰り返し使用ができるものである点で相違していることは認める。

審決は、本願発明における「該多孔質シート・・・を密封し、使用時に開封可能な液体不浸透性の材料で形成された外包み」が、引用例記載の発明の「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体」に一致すると誤認し(取消事由1)、また、本願発明と引用例記載の発明との相違点の判断を誤ったものであって(取消事由2)違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、本願発明の「該多孔質シート・・・を密封し、使用時に開封可能な液体不浸透性の材料で形成された外包み」が、引用例記載の発明の「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体」に一致すると認定しているが、誤りである。

本願発明の「該多孔質シート・・・を密封し、使用時に開封可能な液体不浸透性の材料で形成された外包み」は、本願明細書及び図面(別紙図面(1)参照)の記載から明らかなように、塗布具が使い捨てであることとも関連して、使用前は完全に密閉され、使用時に開封された後はそのまま捨てられるように、開封後は再度密閉のできない袋体である。これに対して、引用例記載の袋体は、繰り返し使用されることを目的としているため、引用例の明細書及び図面(別紙図面(2)参照)の記載から明らかなように、蓋部材4、4’を開けてミシン目に沿って袋体1フィルムが切られ、一旦開口部2が形成された後、蓋部材4、4’は繰り返し閉じられて内容物を封入するように構成されており、本願発明のように、一旦破って開かれた後は再使用不能となる外包みとは明らかに構成が異なるものである。したがって、本願発明の外包みは、初回使用時にのみ、初めて開封可能で、その後は閉じられることのない使い捨てのものであるのに対し、引用例記載の袋体は、初回使用後も閉じられ、その後何回も開封される携帯用のものであって、両者は異なるものである。

(2)  取消事由2

審決は、「外包み」を、「使い捨て」とするか、あるいは「繰り返し使用ができる」とするかは、その中の内容物が使用回数にして1回分であるのか、複数回分であるのかの相違にすぎず、引用例記載の「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体」の内容物を1回分とし、使い捨てとする程度のことは、当業者であれば容易になし得ることにすぎないし、また、効果の上でも格別な相違は認められない旨認定するが、誤りである。

すなわち、引用例記載の繰り返し使用可能な袋体と本願発明の使い捨ての塗布具とでは、その目的も構成も効果も全く異なるものであり、一方から他方を容易に想起し得るものではない。何故ならば、繰り返し使用可能な袋体は、従来のガラスやプラスチックの容器と本質的に同じ「容器」の一種であり、その形態が硬質でなく軟質の袋体となっているにすぎないものであって、本願発明における使い捨ての塗布具とは本質的に異なるものである。繰り返し使用するための開閉自在蓋を備えた引用例記載の袋体において、その内容物を1回分として使い捨てとすることは、当業者であろうとなかろうと、考えるはずのないことである。

被告は、1回分を使い捨てにすることが周知技術であることの証拠として乙第1号証及び乙第2号証を提出するが、乙第1号証と乙第2号証は審決に引用されたものではなく、本件訴訟において新たに引用された従来技術であるところ、審決の理由の不足分を補うために訴訟の段階において新たな従来技術を引用することは本来許されるべきものではない。

また、ある技術が1件や2件の公報に記載されているからといって、その技術が直ちに周知であることを意味するとは必ずしもいえない。

さらに、乙第1号証は、使い捨てのものではなく、繰り返し使用するものを示すにすぎない。すなわち、乙第1号証に記載された袋体はファスナー付きの袋体で、中にパウダー粒子を含んだバッグを収納し、使用時に袋体からバッグを取り出してバッグ内のパウダー粒子をバッグごと塗布するようにしたもので、バッグを1回分として使い捨てにすることは記載されているが、袋体を使い捨てにする思想は全くない。また、乙第2号証は、携帯用手ふきと同様に使い捨てとした携帯用の靴磨きを開示したものであるが、靴磨きと日焼け用オイルとが全く関係がないことはいうまでもないし、この技術が何ら本願発明の特許性を否定する内容を示すものではない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4は争う。審決の認定判断は、すべて正当であって、原告の審決の取消事由はいずれも理由がない。

3  被告の反論

(1)  取消事由1について

引用例には、袋体は、取手手段を指先でつまみ蓋部材を開けると、袋体に設けられた閉ループのミシン目に沿って袋体フィルムが切れて、蓋部材の内面に設けられた感圧接着剤層に貼着されて開口部が形成されるものであり、また、開口部より内容物を取り出した後蓋部材を元の袋体に戻せば当初の気密性を有する袋体となることが記載されており、この記載及び図面第2図、第3図(別紙図面(2)参照)によれば、袋体の使用前においては内容物は密封された状態となっており、使用に当たって蓋部材を開けることにより開口部が形成されて開封され、さらに、内容物を取り出した後は、以降の使用時まで内容物は感圧接着剤層により密封され、以降の使用時には感圧接着剤層を介して袋体に接着している蓋部材が袋体から剥がされ、開口部が露出するものであることは明らかである。

したがって、引用例記載の袋体が「内容物を密封し、使用時に開封可能なものである」点で本願発明のものと異なるところがないとした審決の認定に誤りはない。

また、引用例記載の「開口部とその開口を繰り返し開閉自在な蓋部材を備えた袋体」と本願発明の「使い捨て」のものとが異なるものであることは、審決が相違点として摘示しており、相違点を看過しているものでもない。

(2)  取消事由2について

本願明細書には、本願発明の目的及び効果として、従来の日焼け用液体がびん等に収められていたことによって起こる携帯時のびん割れ等の問題を解決し、日焼け用液体が、1回分ずつ分包されて携帯に便利である旨記載されており、一方、引用例には、袋体に関して、「柔軟性を有し且つ不必要な空間部はなくコンパクトな収容体となる。このため携帯性には極めて便利であり」と記載されている。

これらの記載からみて、引用例記載のものと本願発明のものとでは、日焼け用液体をびん等の容器に収容することに代えて、該液体を多孔質シート等に含浸させて、これを液体不浸透性の材料で形成された外包みに収容することにより、携帯性に優れたものとしたという点では、両者は軌を一にしていることが明らかである。

したがって、原告の主張は理由がなく、審決において、本願発明の使い捨て塗布具は、単に1回分ずつに分包されているにすぎないとした判断に誤りはない。

審決で引用した乙第3号証や当審の乙第1号証、乙第2号証に記載されているように、液体等を繊維素材に含ませたものを、1回分ずつの分包とし、使い捨てとすることは、本願出願前に既に周知であるから、引用例記載の袋体の内容物を1回分として使い捨てとする程度のことは当業者であれば容易になし得ることにすぎないとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(木願発明の特許請求の範囲)、同3(審決理由)の各事実は、当事者間に争いがない。

第2  審決取消事由について判断する。

1  成立に争いのない甲第2号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術分野、解決しようとする課題、解決手段、効果等として次のとおりの記載があることが認められる。

(1)  産業上の利用分野

本願発明は日焼け用液体を塗布する使い捨て塗布具に関するものである。

(2)  従来技術

日焼け用液体には、日焼け促進作用のあるものや、防止作用のあるもの等様々の作用のものがあり、また、オイル状、ローション状等、多種のものがある。これらの日焼け用液体はすべて、びん等の容器に入れられて市販され、使用時は、直接手で身体に塗布するものである。しかし、日焼け用液体は、一般に海等に携帯される場合も多く、びん入りでは、非実用的で、携帯中にびんが割れたり、こぼれたりする危険性も高く、効果の異なる何種類もの日焼け用液体を携帯する場合、何本もびんを持ち歩かねばならないため大変不便である。また、使用時、手で直接全身に塗布するため、むらなく塗布するのが困難であるという欠点もある。さらに、空になったびんを捨てる際、紙屑とは異なった扱いに注意しなければならず、その点でも不便である。そこで、携帯に便利で、外出先等の屋外でも、簡単に日焼け用液体が利用できる使い捨ての塗布具が要望されている。

(3)  発明の目的

本願発明は、このような要望に応え、携帯に便利で実用的な日焼け用液体の使い捨て塗布具の提供を目的とするものである。

(4)  発明の構成及び効果

本願発明の構成は、特許請求の範囲のとおりであって、本発明の使い捨て塗布具は、多孔質シートもしくはスポンジに日焼け用液体を浸み込ませて、身体に塗布できるように構成したもので、この多孔質シートもしくはスポンジを折り畳み、液体不浸透性の材質の外包みで個分に包装し、密封したことを特徴とするものである。

前記多孔質シートもしくはスポンジは、肌に直接当てて、浸含している日焼け用液体を塗布するためのもので、一度使用したら廃棄されるものである。このため材質は、使い捨てに適し、表面がソフトで液体浸透性が高く、携帯のために適当な大きさに折り畳むことが可能なものであれば、上記のものに限られるものではなく、例えば不織布等でもよい。

前記多孔質シートもしくはスポンジ等は日焼け用液体を浸含され、携帯に便利なように折り畳まれ液密または気密の状態で、密封包装されている。この外包みは、内部の液体が浸透することないよう液体不浸透性の材質が使用される。また使用時、屋外等でも簡単に開封することができるよう、捻じられることが可能な材質か、開封手段を備えることを必要とする。

この塗布具は、使い捨てであるため、1回の使用に適した量の日焼け用液体が浸含され、携帯に都合のよい大きさに個々に密封包装されるのが望ましい。

また、効果の異なる種類の日焼け用液体を各々浸含させ多種類の異なった効果の使い捨て塗布具を供給することも可能である。

2  次に、引用例の記載が次のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(1)  特許請求の範囲の欄

「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体と前記袋体の表裏面に形成された開口部と、前記それぞれの表裏面の開口部を覆い且つ一端が前記袋体に固着された蓋部材と、前記蓋部材の内面に塗布された感圧接着剤層とからなる化粧料封入袋において、前記袋体を二分するように設けられた遮蔽シートを有する事。」

(2)  明細書及び図面(別紙図面(2)第1図及び第2図参照)

〈1〉 開口部は袋体に刻印された閉ループのミシン目によって形成される。(特許請求の範囲の欄及び2頁右上欄11、12行)

〈2〉 内容物-繊維素材、例えば、紙、織布、不織布、コットン、ガーゼ等に化粧液体を含浸させたもの(2頁左下欄9ないし11行)

〈3〉 封入袋の使用にあってはまず袋体1に固定化された蓋部材4、4’の取手手段7、7’を指先でつまみ蓋部材4、4’を開ける。この時袋体1に設けられた閉ループのミシン目8、8’に沿って袋体1フイルムは切れて蓋部材4、4’の内面に設けられた感圧接着剤層6、6’に貼着される。(3頁右上欄2ないし8行)

〈4〉 開口部2より内容物を取り出した後蓋部材4、4’を元の袋体1に戻せば当初の気密性を有する袋体1となり以後繰り返し使用できるものである。(3頁右上欄14ないし16行)

〈5〉 しかも、二種の化粧料が遮蔽シート9によって別々に保護できることから、例えば、一方に繊維素材に日焼用化粧料を含浸したものと、他方にそれを落すクレンジング化粧料を含浸したものを封入したりすることができる。(3頁左下欄7ないし11行)

〈6〉 すべてフィルム体から構成されているため出来上がったものは柔軟性を有し、かつ、不必要な空間部はなく、コンパクトな収納体となる。このため携帯性には極めて便利であり・・・(4頁左上欄末行ないし右上欄4行)

3  また、引用例記載の発明の「繊維素材、例えば、紙、織布、不織布、コットン、ガーゼ等に化粧液体を含浸させたもの」が、本願発明の「日焼け用液体が含浸された折畳み可能な多孔質シート」に相当すること、他方、本願発明では、該塗布具を「使い捨て」としている、すなわち、多孔質シートのみならず外包みをも「使い捨て」としているのに対し、引用例記載のものでは、本願発明の「外包み」に相当する「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体」は繰り返し使用ができるものである点で相違していることは、当事者間に争いがない。

4  そこで、以上の認定事実及び当事者間に争いがない事実に基づき、原告の個々の取消事由の主張について以下検討する。

(1)  原告主張の取消事由1について

(イ) 本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明の「外包み」の構成は、「使用時に開封可能である」こと、「使い捨て」であることであって、その他当該外包みの構成を限定するような記載は存在しないのみならず、本願明細書には、前記1(4)の認定のように、使用時、屋外等でも簡単に開封することができるよう、捻られることが可能な材質か、開封手段を備えることを必要とするなどといった記載があるだけであって、開封手段を限定しておらず、その他外包みの構成を限定するような記載も示唆もない。

(ロ) また、引用例記載の発明は、前記2(2)〈3〉〈4〉のとおりの引用例の記載によれば、袋体に固着された蓋部材の取手手段を指先でつまみ、蓋部材を開けると、袋体に設けられた閉ループのミシン目に沿って袋体フィルムが切れて、蓋部材の内面に設けられた感圧接着剤層に貼着されて開口部が形成され、開口部から内容物を取り出した後、蓋部材を元の袋体に戻せば当初のような密封状態となるのであるから、本願発明の外包みの密封の構成が、引用例記載の発明の袋体のそれと格別相違しているとはいえない。

(ハ) そうすると、本願発明と引用例記載の発明とは、外包み(袋体)の使用回数、すなわち、本願発明が使い捨てであるのに対し、引用例記載の発明が繰り返し使用する点で異なるものの、本願発明の「該多孔質シート・・・を密封し、使用時に開封可能な液体不浸透性の材料で形成された外包み」と、引用例記載の発明の「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体」との間には格別の相違はないものといわざるを得ず、したがって、この点で本願発明と引用例記載の発明が一致するとした審決の認定に誤りはない。

(ニ) 原告は、本願発明の外包みは、初回使用時にのみ、初めて開封可能で、その後は閉じられることのない使い捨てのものであるのに対し、引用例記載の発明の袋体は、初回使用後も閉じられ、その後何回も開封される携帯用のものであって、両者は異なるものである旨主張するが、上記認定のとおり、本願明細書には外包みの構成を限定するような記載も示唆もなく、まして、原告主張のような初回使用時にのみ、初めて開封可能で、その後は閉じられることのない外包みにその構成を限定するような記載も示唆もないのであるから、原告の上記主張が理由のないことは明らかである。

(2)  原告主張の取消事由2について

(イ) 本願発明では、「使い捨て」であることをその構成としているところ、一般に、「使い捨て」とは、「ちょっと使ったばかりで(修理や洗濯などせずに)捨ててしまうこと。また、一度使えば捨てるように作られた物」(広辞苑第4版)、「一定の用に供されたあと、修理・つめかえなどをせずに捨てられるように作られていること。」(大辞林)といったことを意味するものである。

ところで、本願明細書の特許請求の範囲には、単に「使い捨て塗布具」と記載されているのみであって、必ずしもその意味が明確ではないところ、本願明細書には、前記1(2)ないし(4)認定のように、従来技術において、携帯に便利で、外出先等の屋外でも、簡単に日焼け用液体が利用できる使い捨ての塗布具が要望されており、本願発明は、このような要望に応え、携帯に便利で実用的な日焼け用液体の使い捨て塗布具の提供を目的とするものであり、発明の構成及び効果として、多孔質シートもしくはスポンジは、肌に直接当てて、浸含している日焼け用液体を塗布するためのもので、一度使用したら廃棄されるものであり、この塗布具は、使い捨てであるため、1回の使用に適した量の、日焼け用液体が浸含され、携帯に都合のよい大きさに個々に密封包装されるのが望ましいという記載がある。

以上の事実によると、本願発明の「使い捨て」とは、1回だけ使用し、後は捨てられるように作られたものを意味するものと解される。

(ロ) 引用例は、前記2(1)のとおりの構成を有し、また、成立に争いがない甲第3号証によれば、その明細書の発明の詳細な説明には、「本発明は特に繊維素材の複数枚に化粧液体を含浸したりしたものの簡易容器として開閉蓋付封入袋に関するものである。近年液体料を繊維素材に含浸せしめた使い捨て濡れナプキン製品が多用されてきている。その収納器として袋体、箱体等多くの種類がある。・・・従来よりこの種の袋体としては袋体の一面に形成された開口部と、前記開口部を覆い、且つ一端が前記袋体に固着された蓋部材と前記蓋部材の内面に塗布された感圧接着剤層からなる化粧料封入袋がある。・・・この発明の目的は封緘機能をそなえた化粧料封入袋を提供することにある。」(1頁右下欄8行ないし2頁左上欄15行)という記載がある。そして、当該化粧料封入袋の使用方法は、前記2(2)〈3〉〈4〉のとおりである。

以上によれば、引用例記載の発明では、使い捨ての複数の化粧料(特に繊維素材の複数枚に化粧液体を含浸したりしたもの)が封入されており、1回目の使用で開口部を形成すると、その後は蓋部材によって密封することになり、袋体を当初の開口部の形成されていない状態に復元することはできないのであるから、使い捨ての複数の化粧料を使用し終わったら、当該化粧料封入袋はその役目を終え、必然的に廃棄されることになるものと認められる。

(ハ) そうすると、引用例記載の発明に係る化粧料封入袋は、複数回の使用が可能で、使用した後は捨ててしまうものであり、前認定の本願発明の「使い捨て」とは相違しているが、その相違は、本願発明では、1回だけ使用するというものであるのに対し、引用例記載の発明では、複数回の使用が可能であるという点において相違するにすぎないものというべきである。

そして、引用例記載の発明において、複数回の使用が可能であるとしても、それは複数回使用するに適した構成をとっているというにすぎず、必ずしも複数回使用しなければならないものではなく、内容物に応じて複数回使用することも、1回の使い捨てにすることも可能なのであり、したがって、公知の引用例記載の複数回の使用が可能で、使用した後は捨ててしまう簡易容器に代えて、1回だけ使用する簡易容器の発明に想到することは、何ら困難なこととは認められない。

また、これによってもたらされる本願発明の衛生面等の効果についても、予期しえない格別のものとは認めがたい。

(ニ) 原告は、繰り返し使用可能な袋体は、従来のガラスやプラスチックの容器と本質的に同じ「容器」の一種であり、その形態が硬質でなく軟質の袋体となっているにすぎないものであって、本願発明における使い捨ての塗布具とは本質的に異なるものである旨主張する。

しかしながら、上記認定判断のとおり、引用例記載の化粧料封入袋は、繰り返し使用可能であるとはいっても、あくまで簡易容器であり、内容物がなくなった時点で廃棄されるものであるから、到底、ガラスやプラスチックの容器と同視することはできないものであり、原告の上記主張は失当であるというほかない。

第3  以上によれば、審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年6月25日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

理由

[本願発明の要旨]

本願は、昭和61年2月10日の出願であって、その発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された以下のとおりのものと認める。

「日焼け用液体が含浸された折畳み可能な多孔質シートもしくはスポンジと、該多孔質シートもしくはスポンジを密封し、使用時に開封可能な液体不浸透性の材料で形成された外包みとからなることを特徴とする使い捨て塗布具。」

なお、明細書の発明の詳細な説明には「多孔質」という記載はあるが「多孔性」という記載は無いこと、および「該」と記載されて直前の「多孔質シートもしくはスポンジ」を引用していることからみて、特許請求の範囲第2行の「該多孔性」なる記載は「該多孔質」の誤記であるとして、上記のごとく認定した。

[引用例記載の発明]

これに対して、原査定の理由に引用した特開昭57-37560号公報(以下、「引用例」という。)には、「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体と前記袋体の表裏面に形成された開口部と、前記それぞれの表裏面の開口部を覆い且つ一端が前記袋体に固着された蓋部材と、前記蓋部材の内面に塗布された感圧接着剤層とからなる化粧料封入袋において、前記袋体を二分するように設けられた遮蔽シートを有する事」が記載されており(特許請求の範囲参照)、さらに以下の記載がある。

〈1〉開口部は袋体に刻印された閉ループのミシン目によって形成される。(特許請求の範囲及び第2頁右上欄第11、12行)

〈2〉内容物-繊維素材たとえば紙、織布、不織布、コットン、ガーゼ等に化粧液体を含浸させたもの(第2頁左下欄第9~11行)

〈3〉封入袋の使用にあっては先ず袋体1に固定化された蓋部材4、4’の取手手段7、7’を指先でつまみ蓋部材4、4’を開ける。この時袋体1に設けられた閉ループのミシン目8、8’にそって袋体1フィルムは切れて蓋部材4、4’の内面に設けられた感圧接着剤層6、6’に貼着される。(第3頁右上欄第2~8行)

〈4〉開口部2より内容物を取り出した後蓋部材4、4’を元の袋体1に戻せば当初の気密性を有する袋体1となり以後繰返し使用ができるものである。(第3頁右上欄第14~16行)

〈5〉しかも二種の化粧料が遮蔽シート9によって別々に保護できることから、例えば一方に繊維素材に日焼用化粧料を含浸したものと、他方にそれを落すクレンジング化粧料を含浸したものを封入したりすることができる。(第3頁左下欄第7~11行)

〈6〉すべてフィルム体から構成されているため出来上がったものは柔軟性を有し且つ不必要な空間部はなく、コンパクトな収納体となる。このため携帯性には極めて便利であり・・・(第4頁左上欄末行~右上欄第4行)

[本願発明と引用例記載の発明との対比]

そこで、本願発明と引用例に記載されたものとを対比すると、上記〈5〉の記載からみて、引用例記載の「化粧料」には日焼用化粧料が含まれるから、引用例記載の「繊維素材たとえば紙、織布、不織布、コットン、ガーゼ等に化粧液体を含浸させたもの」は、本願発明の「日焼け用液体が含浸された折畳み可能な多孔質シート」に相当するものである。

また、上記〈3〉の記載のとおり、引用例の袋体は取手手段を指先でつまみ蓋部材を開けると、袋体に設けられた閉ループのミシン目にそって袋体フィルムは切れて開口部が形成されるものであるから、引用例記載の袋体が内容物を密封し、使用時に開封可能なものであることは明らかであり、引用例記載の「気密性を有する」とは、本願発明における「液体不浸透性」のことであるから、引用例記載の「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体」は、本願発明における「該多孔質シートを密封し、使用時に開封可能な液体不浸透性の材料で形成された外包み」に相当するものである。

さらに、引用例記載の「繊維素材たとえば紙、織布、不織布、コットン、ガーゼ等に化粧液体を含浸させたもの」と本願発明の「日焼け用液体が含浸された折畳み可能な多孔質シート」のいずれも使い捨てであることは自明である。

してみると、両者は「日焼け用液体が含浸された折畳み可能な多孔質シートと、該多孔質シートを密封し、使用時に開封可能な液体不浸透性の材料で形成された外包みとからなる塗布具。」である点で一致しており、本願発明では、該塗布具を「使い捨て」としている、すなわち、多孔性シートのみならず外包みをも「使い捨て」としているのに対し、引用例記載のものでは、本願発明の「外包み」に相当する「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体」は繰返し使用ができるものである点で一応相違している。

[相違点についての当審の判断]

そこで相違点について検討するに、本願明細書第6頁第1行~第7頁第6行にも記載されているように、液体を繊維素材に含浸せしめた使い捨てタオルやナプキンあるいは化粧落としはすでに周知であり、その容器として使用時に開封可能な液体不浸透性の材料で形成された外包みを用いることにより容器自体も使い捨て可能にすることは、本願出願前にすでによく知られているところである。なお必要であれば、本願の審査の過程において平成5年10月6日付け拒絶理由通知書で引用された実願昭57-86733号(実開昭58-188715号)のマイクロフィルムを参照されたい。

また、引用例記載のものは携帯性があり、使用者が初めて使用する際に閉ループのミシン目が切れて開口部が形成されるものであるから、引用例記載のものも、内容物、すなわち日焼け用液体が含浸された折畳み可能な多孔質シートがなくなった時点で袋体は廃棄されることは明白である。

してみれば、「外包み」を、「使い捨て」とするかあるいは「繰返し使用ができる」とするかは、その中の内容物が使用回数にして1回分であるのか複数回分であるのか相違にすぎず、引用例記載の「気密性を有するシート材で形成された扁平な袋体」の内容物を1回分とし、使い捨てとする程度のことは当業者であれば容易になし得ることにすぎない。

そして、本願発明の明細書第7~8頁に記載された“携帯に便利でびんを携帯することによっておこるびん割れ等が防止でき、また多孔質シートシートなどに含浸されているのでむらなく塗布でき、さらに廃棄時にも取扱いに注意する必要がない”という効果は、引用例記載のものにおいても奏される効果であり、また、“使い捨てであるため、一度のみの使用であり大変衛生的である”という効果は、日焼け用液体が含浸された折畳み可能な多孔質シートに関する効果であるから、引用例記載のものにおいても同様の効果を有しているものである。よって、本願発明の使い捨て塗布具は、単に1回分づつに分包されているというにすぎず、予期し得ない格別な効果を奏しているものとは認められない。

[むすび]

したがって、本願発明は、引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり決定する。

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